都市景観探訪|街並みのコンセプチュアルな撮影表現|Mk.I – 高輪~品川

都市景観探訪|街並みのコンセプチュアルな撮影表現|Mk.I – 高輪~品川

はじめに

 「都市景観」は様々な要素によって構成されています。高層建築や低層建築、橋梁(きょうりょう)、擁壁(ようへき)、道路やそれに付随する標識などの土木構造物、そして街路樹や海そして遠景にみえる山も都市景観を構成する要素の一つでしょう。従って、都市景観にはその地域の歴史や文化を含む人間生活の集大成が視覚的要素たる事実として反映されたものであるといえるでしょう。

 このことから、「建築写真・土木構造物写真」のようなプロフェッショナルの領域から、旅先や散歩の際にスナップとして撮影する「街並みトラベルフォト」に至るまでを「都市景観写真」と広義の意味で定義することになりますしその被写体はその地域の人間生活の集大成次第によって刻々と変わってきます。

 今回は高輪から品川における都市景観を散策・探訪し、コンセプチュアルな構図設定や撮影手法を導入しつつ、有名な構造物から日常に潜む構造物群に至るまで、その調和性と魅力についてスポットを当ててみたいと思います。

住友不動産 三田ツインビル西館

■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/350秒 絞りF/11

 JR高輪ゲートウェイ駅を下車し、第一京浜を歩くと赤色のラインによる意匠性の統合により周囲の景観から一際映える高楼を目にすることが出来ます。この特異な意匠性を持つ構造物と対等に調和する構造物は周辺において見受けられないため、やはり「構造物単体」の近景撮影から始めることになるでしょう。

 勿論構造物の基部から単体撮影を行うことも有効な構造設定ではありますが、敢えて「都市風景ではなく、都市景観としてのコンセプト」を入れることとし、当該ビルの向かいにある三田43MTビルのシーリングを構図内にシェアさせ、「街路に出ると勇壮にそびえる高楼と対峙する」というコンセプトを表現しています。

■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/60秒 絞りF/16

 更に、北に向かって歩くと札ノ辻交差点に差し掛かりますが、この歩道橋の上から様々な方向の中景から遠景の都市景観を楽しめるでしょう。今回は早朝の淡く集約性の高い光を浴びる高楼群を中景複合構図としてキャプチャーしています。

 構造物を構成する部材は材質によってその反射率が異なります。ガラスや粉体塗装部材は反射率が高く、コンクリートやレンガは反射率が低くなるといった具合です。そこでこのような朝一や夕方の斜光状態での撮影では構造物に反射率の違いによる美しい光のグラデーションに差が出てくることになり、幻想的な高楼の撮影が可能となります。

住友不動産 三田ビル(バンダイナムコホールディングス)

■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度30秒 絞りF/11

 札ノ辻交差点を超えると、またもや圧倒的な近未来的な意匠性に富む高楼に出会えます。バンダイナムコ未来研究所と呼ばれている住友不動産 三田ビルです。鮮明でメタリックに輝く円形ピアと贅沢に用いたガラス張りのファサードだけでもそのランドマーク性は圧倒的です。

 先ずはそれらの意匠要素を長時間露光で先鋭化させながら撮影。当該構造物の意匠的目的であると推測できる反射率・テクスチャーの質感が長時間露光による構造物の先鋭化により顕著に表れていることを確認できています。

右下から光、左上に向けて空間が広がる
向こう側に三田ビルのファサードが来る
左下に向けて空間が広がる
手前に三田ビルが来る
(冒頭キャッチ写真)
■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/45秒 絞りF/16

 次に、この高楼に隣接するビルと後述する三田ベルジュビルとの空間にて近景LOOK UP撮影を行いました。三田ビルのエメラルドに近いブルーに輝く透明感あるガラスファサードが表現できているとともに、三田ベルジュビルの独特な外観の比較が非常にコンセプチュアルな表現となっています。

 ここで、冒頭に都市景観とは様々な構造物を要素として構成されるものであることを記載しておりますが、実は「空間」も非常に重要な要素の一つです。この空間に含まれる考え方として、(1)構造物と構造物の隙間、(2)水平線・地平線・スカイラインと空との境界、そして(3)ある視点場からの構造物への距離に依存する空間、など様々な要素があります。従って、この構図における都市景観における空間要素は(1)に該当します。

 ここでもうお気づきかもしれませんが、この写真は本記事の冒頭の写真と同じ場所で撮影していますが、カメラの向きが上下逆になっています。この写真では太陽光が右下から射し、空は左上に向かって広がっている(開放されている)ため、空間において解放感を得ることが出来るでしょう。

 一方で、三田ビルのガラスファサードの美しさは副次的な印象に限定されることとなります。他方、冒頭の写真では空間が左下に向かって広がっており、窮屈な印象を得ることになる代わりに、三田ビルのガラスファサードは手前に来るため、その美しさを主題として受け取ることができます。私の意見としては、どちらの構図においても明確なコンセプトを各々享受することができるため、どちらを選択しても「正」であろうと考えます。

右上に向けて空間が広がる
手前に三田ビルのファサードが来る
左下に向けて空間が広がる
向こう側に三田ビルが来る
■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/45秒 絞りF/16

 一方で、縦構図になると変わってきます。横構図とは空間の捉え方に対する印象も変わってくるからです。こちらの2枚はカメラの向きを上下逆に撮影した縦構図です。

 左側の写真は、上側の空間が開放されているとともに、美しいガラスファサードが主たるモチーフ、副次的なモチーフが三田ベルジュビルの外観となっています。空間的にすっきりとしているとともに主題をダイレクトに享受できます。一方で右の写真は、空間が下に広がっているとともに、主たるモチーフとしたい構造物が副次的な位置に来ざるを得ません。

 どうでしょうか。横構図の時と比較して非常に窮屈に見えませんか?私ならば左の縦構図を正とし右の構図は副とします。このように、構造物のみならず、空間を含めた総合的な構図設定をどう選択するかにより、都市景観に関するコンセプチュアル表現は大きく変わってくることがあるため、現場での撮影において多大なる配慮と熟考が必要となってきます。

■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/750秒 絞りF/8

 こちらは三田ビルをフラットプレーンにて撮影し構図のアンカーとし、田町方面の高楼スカイラインを遠景に捉えた複合構図。もう何度も訪れていますがなかなかシビアな構図で少しの角度で「空間」を含めた構造物群の配置が不均等になるため、慎重な設定が必要になってきます。ミニマリズムを付加する雲の出現のため3度通いましたが、近未来的な都市景観を感じることができる場所かもしれません。

三田ベルジュビル

■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/500秒 絞りF/11

 このバンダイナムコHDの丁度裏側に位置するのが三田ベルジュビル。正直この高楼と周辺景観だけで写真作品のみならず、何ページもの記事が書けてしまうくらいの見事な構造的そして意匠的コンセプトを保有している構造物であり、構造物単体のみならず都市景観全体に与えるインパクトも大です。

 このビルのハイブリッド制震構造は画期的で、私も勉強させていただいたものです。上層部の独特な形状による表情とPCルーバーの質感を活かしつつ、豊かに輝く三田ビルの光沢との「対話」をコンセプトとしたものです。構図設定はフラットプレーンと中景の複合構図となりますが、その設定は非常にシビアです。どこがベストな構図となるか是非探してみて頂ければと思います。

旧海岸通りを品川方面へ

 ここからは、いわゆる「普通の街並み」の中にしっとりと、しかしながら凛と佇む都市景観を探訪するため、意匠性やデザイン性に富む構造物が多く存在する品川駅周辺ではなく、あえて品川駅東側の天王洲運河沿いの旧海岸通りを歩いてみることにします。

■被写体:住友不動産 三田ツインビル東館/西館 & 三田43MTビル
■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/500秒 絞りF/8
■被写体:AP品川 & 東京シーサウスブランファーレ
■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/500秒 絞りF/8

 旧海岸通りを品川方面に歩いていくと美しいゲート状の別棟とオーソドックスではありながらしっかりとした格子状のガラス張りで構成されるオフィスビルに出会えます。やはりここは望遠域を使用しての複合視点構図でしょう。都市景観は一つの建築構造物に向けた構図から、奥行方向あるい左右平面方向へと広がっていくのでその起点となる構造物を発見した際は必ずそれを補間する構造物を探索することが大切であろうと思われます。

■被写体:品川インターシティA棟
■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/750秒 絞りF/8

 品川駅の港南口を御利用された方は一目瞭然だと思います。高名な高楼、品川インターシティA棟。楕円状の構造の全てがガラス張りでその楕円形と相まって非現実的かつ近未来的な外観を感じることが出来ます。この日は晴天でしたのでこのガラスファサードは蒼く輝いていましたが、環境光に対する反射の優雅なグラデーションとテクスチャーの質感を直に表現するため、モノクロとしています。

 有名な構造物が乱立する箇所では基本的に近景撮影になってしまい、構図設定が限られてきますが、このように一歩引いた街路を探訪すると高楼景観の中景撮影までも視野に入ってくることになるため、都市景観の新たな発見につながります。

■被写体:天王洲ふれあい橋
■撮影機材:NIKON Z 7II + NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR
■シャッター速度1/500秒 絞りF/8

 だいぶ品川駅に近づいてきました。ここは天王洲運河と京浜運河の接続領域に架かる天王洲橋から京浜運河方面を眺望した景観。商業地域や住居地域と異なり、視覚的に骨太な印象を受ける構造物が増える中(「T.Y.HABOR」のレストランはお洒落ですが)、繊細な弦材で構成された白く輝くトラス橋(天王洲ふれあい橋)の静かに景観的主張がなされている存在感に惹かれて撮影。

 私は今まで10橋ほどトラス橋を設計したことがありますが、どれもが長大橋梁(道路橋・鉄道橋)であり、このような都市内歩道橋としてのトラスは携わったことがありませんが、控えめなランドマーク性に限定した橋梁を一般的な都市景観の中に配置することの優位性を改めて感じました。

まとめ

 今回は高輪から品川にかけて都市景観を探訪してみました。今回探訪した道筋は賑やかで多くの人々が往来する場所では決してありませんが、意匠性やデザイン性に多くの努力と時間をかけた構図物も確かに存在し、それを補間する構造物群も中景や遠景において凛として存在していました。従って、人間生活において機能的な歴史を包含した都市景観が構築されている地域であると感じたとともに、多くの視点場と構図を楽しむことができました。

 他方、言い換えれば、特徴的な構図設定が少々探しにくい都市景観を有する地域であるため、「街並みトラベルフォト」としての難易度は高い地域かもしれませんが、一方でオリジナリティー溢れる都市景観写真を撮影することができるとも言えます。本記事が皆様の御旅行等での都市景観撮影における構図設定の一助になれば大変幸甚です。

 

■写真家:アキラ・タカウエ
写真撮影での主たるカテゴリーは、構造工学や景観理論に基づく論理的で精密な構図に芸術的要素を加えた「アーキテクチュラル・ファインアートフォトグラフィー」。構造物の専門家の視点から世界の都市景観・土木建築構造物を撮影。世界規模の国際写真コンテストでは、インターナショナルフォトグラフィーアワード(米国:ニューヨーク・カーネギーホール)での建築写真総合部門・最優秀賞受賞をはじめ、海外で数多く受賞。 建築・橋梁のエディトリアル撮影の他、国際写真コンテストの審査員も務める。また写真作家としてアートギャラリーでの個展および定期展示開催。博士(工学), 一級建築士, 技術士(建設部門)

 

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